理想のふたり

 娘の私が言うのもなんだけど、うちのパパは年のわりに格好良い。あと数年もすれば50だっていうのに、さらさらのブロンドヘアーはいまだにフサフサだし、お腹だってシックスパックに割れている。ビールっ腹の担任とは大違いだ。とても同世代には見えない。
 綺麗なブルーの瞳に甘いマスクでご近所のマダムにも大人気!友達にも「パパ、格好良くて羨ましい~!」なんてよく言われる。自慢のパパです。ん?ファザコンだって?知ってる、否定はしない。

 ママだって、そんなパパがべた惚れする程には可愛い。ママと二人でショッピングに行けば、決まって販売員は「え~、姉妹かと思いました~!」とお決まりの台詞を零す。流石にそれは言いすぎじゃないかな?聞き飽きたお世辞に、今じゃママもすっかりあしらい上手になった。態とらしい若作りじゃなくて、年相応のお洒落を楽しむママは娘の私から見ても確かに綺麗で可愛い。そんなママも勿論私の自慢です!

 そんな二人が結婚するまでには、波乱万丈な道のりがあったみたい。どうにかこうにか目出度くママを口説き落としたパパのお陰でこの世に私は存在しているし、こんな素敵な二人のもとで生活をおくれているから幸せだけどね!だからパパには感謝しかない。

「君はいくつになっても可愛いな。どういう訳か年々更に可愛さが増しているような気さえするよ……」

 子どもたちの視線なんて気にしないと言わんばかりにママの頬を撫ではじめるパパに、兄がはあ、と溜め息を零す。うん、パパの唯一の欠点はママが好きすぎるってことかな!

「じゃ、透頼んだぞ。ご飯は炊いておいたし、冷蔵庫の中身は好きに使ってくれて構わない」

 お前もちゃんとお兄ちゃんの言うことを聞くように。ぽんっと私の頭をひと撫でして、いつまでも身支度の終わらないママの様子を確認しに、パパは二人の寝室へと消えていった。

「ったく、僕だって言われなくてもご飯くらい作れるっての。それにしたって、本当に父さんは母さんに甘いな……」

 5時半に出掛けるんじゃなかったのか?もう6時近いぞ。そうぼやくのは、パパの遺伝子を色濃く受け継いだ、私の兄だ。
 “透”──両親の思い出が詰まったその名前。詳しくは知らないけれど、若い頃のパパを知る人が兄の名前を聞くと決まって一度驚いて、その後はこう微笑むのだ。「君のパパの若い頃にそっくりだね」と。そんな兄も、パパと同じように警察官を目指していて、来年からは東都大学で夢のキャンパスライフが待っている。私と違って優秀な兄は、ちゃっかり指定校推薦をもぎ取り、もう進路も決定済みだ。

 最近じゃ、時間に余裕が出来たのか喫茶店でバイトまで始める始末。“喫茶ポアロ”という名のレトロなそのお店は、かの有名な二人の探偵──毛利小五郎と工藤新一、その二人が運営する事務所の丁度真下に位置している。
 ママとパパが出逢ったのも、実はここなのだそう。毛利さんの助手をしながらポアロでバイトをするパパが、ポアロ常連のママに一目惚れ。甘い思い出も沢山あるようで、息子の顔を見に来るという名目で今でも時折二人懐かしそうにしている姿を見かけることもある。

「君は、決まってカウンターのこの席……ここが君のお気に入りだったよな」
「それは零くんがいつもここに案内してたからでしょ」
「……そうだったか?」
「自分が作業する目の前の席。……もうとぼけちゃって」

 “君だけに。他の人には内緒ですよ”なんてよく試作品のケーキくれたじゃない!そうくすくすと笑うママに、パパは頬を掻きながら苦笑した。

「透は真似しちゃ駄目だからね!」
「はいはい」
「もう透ちゃん、ママに冷たい……今更、反抗期?」
「随分遅い反抗期だな、透」
「……もう二人とも仕事の邪魔するなら帰ってくれないか?」

 はい、お待たせ。そう言って、私の目の前にカフェオレとハムサンドを置きながら、兄が面倒くさそうに両親を一瞥した。パパの直伝レシピのハムサンドは、驚くことに今でも人気ナンバー1メニューなんだって。今よりもうんと小さい頃は、よく日曜日にパパとお兄ちゃんとハムサンドを作ったっけ。

「レタスは体温より少し熱いお湯に浸すんだ。ほら、火傷しないようにな」

 台の上に乗ってレタスを持つ私の小さな両手に褐色の大きな手のひらを重ねて、覗き込みながらそう説明するパパを「わかったあ!」とよく見上げたものだ。「……いい返事」と笑うパパに、お兄ちゃんも負けじと「……僕もハムにオリーブオイルぬり終わったッ!」そう言って、パパの服の袖を引っ張っていたっけ。

「二人とも飲み込みが早いな。偉いぞ!」
「ママ~~!ハムサンドできたよ~~!!」

 ぱたぱたとママの方まで駆けて行って、はやく~!と急かしたっけな。家族4人で笑い合った味。兄の作ったハムサンドをひと口齧って、ふとそんなことを思い出した。あの頃と何ひとつ変わってない味に胸がじんわりと温かくなったのだった。

 ◇◇◇

「なあ、クリスマス……今年は何が欲しい?」
「ん──、そうだなあ……最近、食洗機の調子が悪いから新しいのが欲しいかな」
「……食洗機?随分と色気が無いな」
「もうこの歳になって、色気も何もないわよ。それより手がカサカサになっちゃうし。零くん、新しいの欲しいな……?」
「っ……、僕が君のおねだりに弱いってわかってて態とやってるだろう……」

 日曜の朝、キッチンに立つパパの背中を見かけた。魚焼きグリルを覗きながら、紅鮭をひっくり返しているところだった。

「おはよう……お前も食べるか?」
「おはよう、パパ。食べようかな、お腹空いた~!」
「もう少しで焼けるから、ちょっと待ってろ……」

 味噌汁も飲むか?そう言って振り向いたパパに、冷蔵庫の中から取り出した麦茶をテーブルに置いて頷いた。兄は朝からバイトだと言っていたし、ママはまだ寝ているのかも。平日は仕事に向かうパパを見送るためにママも一緒に起きているけど、日曜日は主婦業も一切お休みというのが降谷家のルールだ。週7日のうち、1日だけ。そんな提案をしたのは意外にもパパだった。

「昔に比べたら、うんと時間が増えたんだ」

 そう言って笑い、楽しそうに料理をするパパの手料理を幸せそうに頬張るママ。絵に描いたような幸せそうなふたりに、私も結婚したらこんな家庭を築きたいなあなんてぼんやりと思った。

「もうすぐクリスマスだろう?お前は予定あるのか?」
「昼間は友達とパーティーしようかなって話してるけど……」
「パーティー?…………誰と」
「クラスの子たちと。あ、安心して。女子だけだから」
「本当だろうな……?まだ高校生のうちは、駄目だからな」
「はいはい」

 随分とパパは過保護だ。彼氏なんて連れてきた日にはきっとむすっとして、圧迫面接宜しく尋問しそう。言えない、本当は彼氏と一緒に駅前のイルミネーション見に行くつもりだなんて。暫くはバレないようにしなくっちゃ!

「それはそうと、何かママから欲しいものとか聞いてないか?」
「何、いきなり。うーん、……あ!食洗機壊れたから欲しいって言ってたよ」
「また食洗機…………」
「何なの、その反応」
「いや、もっとこう……クリスマスなんだからあるだろう?」
「え──、あっじゃ、ハンドクリームとかは?ママ手が荒れるって言ってたし」
「ハンドクリームねえ…………まあ、食洗機だけよりかはマシか……」

 腕を組んで顎に手を添えて、うーんと真剣に考えだすパパ。……ハンドクリームってそんなに悩むこと?

「……お前、この後予定あるか?」
「別にないけど」

 どうせこのパターンは東都デパートに連れ出されるオチでしょ!仕方がない、ママのためにいっちょ一肌脱ぎますか!……帰りにパーラーでパフェ奢ってもらおう。世の中ギブアンドテイク。無事、クリスマス限定のホリデーシリーズをパパに激推しして綺麗にラッピングもしてもらった。あとは苺パフェ!!!

 ◇◇◇

「零くん、背中のファスナー上げて」
「まだ用意出来てなかったのか……」
「もうこれ閉めたら終わり。出掛けられるから」
「そんなことだろうと思って、予約少し遅めに取っておいて正解だったな……ほら、出来た」

 じゃ、ママとパパ、ディナーに行ってくるから留守番よろしくね。“ちょっとしたパーティーにも着ていけますよ”と販売員が言いそうなかんじのワンピースを着たママと、これまたシックなスーツに着替えたパパが腕を組んで玄関から出て行った。11月22日、いい夫婦の日だからってちょっと小洒落たレストランで夫婦水入らずのディナーデート。去年まではおばあちゃんがうちに来てご飯を作ってくれていたけど、今年は兄とふたりきり。

「……ご飯、何が食べたい?」
「久々にお兄ちゃんの作るオムライスが食べたいかな」
「よし、任せとけ!」

 パパとそっくりな表情で得意げに兄が微笑んだ。たまには兄弟水入らずもいいかもしれない。ハムサンドと同じく、パパ直伝のオムライス。ソースはケチャップだけじゃなくて、熱したバターと水を少し加えるのがポイント。頭の良さだけじゃなくて、料理の腕まで父親譲りなんて本当ズルいなあ。これはモテるのもわかる。

 ◇◇◇

 それから1ヶ月と2日後。うちにはピカピカの新しい食洗機が届いた。ママは大喜びだし、パパも何処か得意げな表情を浮かべている。

「実はもうひとつプレゼントがあるんだ」
「え、食洗機だけでも結構したでしょ」
「可愛い君の手が荒れるといけないからね……僕も頑張りました」

 そう言って笑うパパに、ママもつられて笑い声を上げた。

「これはあの子が選ぶの手伝ってくれたんだ……」

 ほら、おいでとパパが私の名前を呼んだ。

「え、ママのために選んでくれたの?」
「うん。好きでしょ、こういうの」
「大好き、有難う」

 零くん、ほら!蜂蜜のいい香り!パパに手のひらを向けてママがはしゃぎ気味にそう言った。子どもみたいなママのこういうところ、本当可愛いなあと思う。パパも愛おしそうにママを見つめてる。

「手、貸して……僕が塗ってやるから」

 ママが素直に差し出した手を取って、パパがその手の上にハンドクリームを伸ばす。塗り広げるようにして、両手で揉み込むパパの様子を横目で見て「いい歳して、子どもの前でいちゃつくなよ……」とお兄ちゃんがため息を吐いた。
 家の中には蜂蜜の甘い香りとママとパパの幸せオーラが溢れかえっていた。