「っ、痛……!」
「お姉さん、大丈夫?どこか痛いの?」
「あ、コナンくん……実はちょっと寝違えちゃってね」
お馴染みのポアロのカウンター席。ボソッと零した私の声が聞こえていたのか、隣に座るコナンくんが心配そうな顔でこちらを見上げる。うう、ただの寝違えだなんて恥ずかしい。なんとなく、苦笑で誤魔化した。
「……寝違え?大丈夫ですか?」
「ひっ、痛い!」
「おや、すみません……ひょっとして、痛いのココでしたか?」
本当にお願い、右肩触らないで……!とも言えずに涙目の私にかわってコナンくんが「……安室さん」と彼を咎める声を上げた。ジトっと安室さんを見るコナンくんに安室さんは気まずい顔で頬を掻いている。
安室さんも悪気は無かったのだろう。心配そうな顔でたまたま触れた場所が私の患部だっただけの話だ。それにしたっていつの間にそんなところに居たの?
右側の首筋から右肩辺りにかけて痛みが走るので、残念ながら安室さんが居る方には振り向けない。そんな私の様子を察した安室さんが左側から私の顔を覗き込むようにしてもう一度「ごめんね、痛かったかい?」と少し眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「……いえ、ただの寝違えですし」
「寝違えを甘く見てはいけないよ……少し、待っていて。確か、僕の鞄の中に湿布が入っていた筈だ」
もし持っているなら痛み止めも飲んだ方がいい。あ、患部を揉んだり温めたりするのは逆効果と聞くからしないように。わかったね?
ポンポンと私の頭を撫でてバックルームへと入っていく安室さんはまるでお兄ちゃんのようだ。本当に世話焼きな人。
「……安室さん、お姉さんには甘いよね」
「そうかな。手の掛かる妹とでも思ってるんじゃない?」
「お姉さん、それ本気で言ってる?」
呆れた顔のコナンくんに曖昧な表情をひとつ。はあーっと大袈裟に溜め息を吐くコナンくんにクスクスと笑い声を上げていたら、漸く安室さんが戻ってきた。その手には湿布を持って。
「おや、随分と楽しそうだね。僕のいない間に何か?」
「安室さんには内緒」
尚もクスクスと笑っている私と、呆れた顔のままのコナンくんに、一人クエスチョンマークを浮かべている安室さん。流石の安室さんでもこの謎は解けないようだ。
◇◇◇
「薬、あったかい?」
「あ、はい。ポーチの中に痛み止めが」
「それじゃ、これで飲むといい。飲み終わったら、僕が湿布も貼ってあげよう」
「え、いいです。それくらい自分でやりますよ」
「駄目。大体、右を向けないのに自分で貼れるのかい?」
「それは……」
「ほら、早く飲んで」
白湯を私の目の前に置き、急かしてくる安室さんに仕方なく痛み止めの錠剤を飲み込む。「ちゃんと全部飲むんだよ」と今度はまるでお母さんのような安室さんに湯呑み片手に頷いたのだった。
「じゃ、今度は湿布だ。痛むのは右側だったね?──この辺り?」
「っ、はい」
「少し髪の毛、抑えててくれるかい?」
安室さんの言葉に、髪を左側に抑えつける。
「いくよ。少し冷んやりするかもしれないけれど……」
「ひゃっ、ぁっ、や、冷たい……!」
思わずぴくぴくと身体を震わせてしまった。何故か隣に座るコナンくんの顔が真っ赤だ。
“僕以外にそんな声聴かせるな”
低い声が右耳に直接そう囁く。右耳を抑えたまま真っ赤になって固まってしまった私を満足そうに見やり、漸く安室さんはカウンターの中へと戻っていた。
「帰りは僕が送っていきますね」
にっこりと微笑む顔は君に拒否権なんてないぞ、とでも言っているような気がした。
◇◇◇
「それにしたって、寝違えたのなら言ってくれればいいだろう?」
「いや、言っても仕方ないじゃん。というか、そもそも零くんのせいだし……」
「何で、僕のせいなんだよ」
「あんな狭いベッドで一緒に寝るだなんて大体無理な話なんだよ。それを、狭い方がくっついて寝れるからとかなんとか言っちゃってさ!」
ぐだぐだと文句を垂れる私に、それは……と零くんが頭を掻く。昨夜、久々にうちに来た零くんと私のシングルベッドで燃え上がってしまい、そのまま二人抱き合って眠ってこの結果だ。百八十センチ越えの男が一人で寝るだけでもキツいのに、そこに二人で寝るだなんて可笑しな話なのだ。
幾度となくベッドの買い替えを提案しても、やれ「君と抱き合って眠りたい」だとか「狭い方が君が近くて安心する」だなんて言葉で却下され続けた。
今回こそは私も譲るつもりはない。
絶対に、新しいベッドを買ってもらう。
──絶対に、だ。
「……はあ、僕も今回は悪かったと思っているよ」
「それじゃ、ベッド買い換えるよね……勿論、零くんのお金で」
「ったく、仕方ない奴だな。わかったよ、来週一緒に見に行こう」
「ふふ、やった!私、あれがいい。東都ホテルに入ってるのと同じやつ!」
「……君なあ!おい、あれ幾らすると思ってるんだ」
「あーあ、首痛いなあ!」
「わかったよ!ったく、買えばいいんだろう!買えば!!」
投げやりにそう叫ぶ零くんの頬に「有難う♡」と口付けを落としてその身体に抱きついた。どうやら来週のデートは家具屋巡りで決まりのようだ──。