これってひょっとして
   結婚詐欺なのでしょうか?


 付き合って四年になる彼氏に先日プロポーズをされました。彼はアラサー、喫茶店で働きながら探偵業をやっています。仕事については、顧客のプライバシー保護や秘密保持の関係であまり詳しいことはわかりません。
 収入もよく分かりませんが、喫茶店でバイトをするぐらいなので、探偵業はそこまで儲かっていないような気もしています。デートの時は彼が払ってくれることが殆どで、お金に関しても気にしなくていいと言われていますが、もし仮に収入が低くても私が働き続ければいいのかなとは思っています。

 どうやら長年携わっていた大きな案件が最近漸く解決したみたいで、それがきっかけでプロポーズしてくれたようです。彼とは今までも何度か結婚の話をしたこともありました。「大きな仕事が片付くまで待ってほしい」と言われていたので、やっとかというのが正直な感想でした。

 ただ少し引っ掛かるのが、その時にくれた婚約指輪です。某有名ブランドのもので、デザインはセンターストーンのとてもシンプルなものですが、そのダイヤはワンカラット越え。
 勿論、凄く素敵でひと目見た瞬間に涙が出てきそうになるくらい嬉しかったのですが、その反面こんな高価なものを買ってしまって大丈夫なのかなと内心余計な心配もしてしまいました。きっと、以前冗談でここの指輪が欲しいと言ったことがあったので、彼なりに頑張ってくれたのかなあとは思っていますが……。

 それよりも一番引っ掛かるというか、不安に感じているのが彼の名前。彼宛に代金着払いの荷物が届いた時、愛犬をお風呂に入れていた彼に頼まれてかわりに彼の財布からお金を支払ったことがあったのですが、その時にちらりと見えた免許証の名前が私の知っている彼の名前とは全く違っていました。
 いけないとは分かりつつ、どうしても気になってしまい、財布から出して確認したところ、写真も間違いなく彼の顔が写っていました。名字が違うとかではなく、一文字も掠ってはいない全くの別名です。

 それ以外も、今まで着ている姿を見たことのないグレーのスーツが彼のクローゼットに何着も掛けられていたり、喫茶店のバイトと探偵業だけの割には燃費が悪くてお金のかかる国産スポーツカーに乗っていたりだとか、ひとつ気になり出したら他にも色々と目についてしまって不安で仕方がありません。

 彼と付き合っていることは周りには秘密にしている為、身近に相談出来る相手もいません。これってひょっとして結婚詐欺なのでしょうか?このまま彼と結婚をしていいものか、迷っています。アドバイスお願いします。

 長文失礼しました。

「これって安室さんのことだよね?」
「ん?何だい、これ」

 コナンが差し出したスマホを、褐色の手が受け取った。この褐色の手の持ち主である“安室さん”と呼ばれたこの男の本当の名前は降谷零。そして、目の前でズルズルと音を立ててストローでアイスコーヒーを啜っている少年の本当の姿は、ランドセルのよく似合う小学生ではなく、かの有名な高校生探偵の工藤新一だ。彼らがその姿を偽っている理由は長くなるのでここでは割愛しよう。
 時は西暦20XX年──漸く例の組織の主要メンバーが警察に捕まり、その他構成員や関係者などの一斉検挙で、通称「黒の組織」と呼ばれる国際的犯罪組織は壊滅への一途を辿った。日本警察にFBI、それとここ米花町に数多く存在する探偵の彼らの活躍劇は新聞やニュース、ネットなどで連日大きく取り上げられた。それから時が経つこと数ヶ月、やっと世間もその話題から離れ始めてそれまでの日常へと戻りつつあった。

「……こんなのよく見つけたね。確かにこれを書いたのはきっと名前さんだろう」
「安室さん、顔が笑ってるよ。それにこれ……免許の下りとか態とでしょ……」
「はは、鋭いなコナン君は……まあ、どうやって僕の本当の姿を彼女に知らせるか迷っていてね。少しずつ僕の存在をチラつかせていこうかと思っていたんだけど、まさか結婚詐欺と疑われるとはなあ……」

 苦笑を零して頬を掻く安室、基降谷にコナンは呆れた顔を浮かべてはあ、と態とらしい溜め息を吐いた。

「君だって、いつまでその姿でいるつもりなんだい?……案外、その姿が気にいってしまったとか?」
「(んなわけねーだろ……)今、灰原が解毒剤作ってて。それが完成したらボクも戻るつもりだよ。安室さんこそいつまでポアロにいるつもり?流石に公安の仕事忙しいんじゃないの?」
「そうだね。数ヶ月経っても、未だに報告書とか残党探しで大忙しだよ……ポアロは今月末で辞めると既にマスターには話してある」
「きっとみんな寂しがるだろうね……特に若い女性のお客さんが」
「君なあ……僕の心配より自分の心配をしたらどうなんだ。君だって、少年探偵団のみんなとのこともあるだろう?」
「まあ、アイツらは……って安室さん、知恵袋に変な回答ついちゃってるよ!?」

 コナンの慌てた声に降谷もスマホへと視線を落とすと、確かにその少年が言った通りいくつか新しい回答が増えていた。

 ◇◇◇

「……どう考えてもこれ、降谷さんのことだよな」

 同時刻、風見もスマホを眺めていた。その画面に映るのは、偶然にも同じ知恵袋の質問だった。
 アラサーで、喫茶店員の探偵。それに加えてワンカラットの婚約指輪に犬を飼っているという情報。確か降谷も付き合って四年になる彼女がいた筈だと頭を抱える。……こんな条件の男が他に何人もいてたまるか。
 恐らくこの大きな案件とは、例の組織壊滅のことだろう。先日見た上司の幸せそうな顔が頭に浮かぶ。やたら真剣に婚約指輪のパンフレットを見比べている姿に思わず声を掛けてしまったのだ。

「……降谷さん、ついに結婚されるんですか」
「ああ、風見か。僕もそろそろいい年だしね……って、まあプロポーズはこれからだけどな。それにしたって、どれも同じに見えてくる……」
「婚約指輪ですか?……日本のブランドじゃないんですね」
「……彼女がここの指輪がいいって、以前言っていてね」
「って、何ですかこの値段!?」

 こんなに高いモノなんですか!?と眼鏡がズレる程の勢いで驚く風見に降谷は苦笑を浮かべた。確かに同じ三十代の婚約指輪の相場は30万円台だという結果がネットの調査でも出ている。それと比べても零が1つ多いものばかりが載っているそのパンフレットを見て風見が驚くのも無理はないなと降谷は思った。

「まあ、僕はこんな職業だから結婚式は挙げられないしね。……その分の上乗せだよ」
「そ、それにしたって高過ぎやしないですか……」
「今まで散々我慢をさせていたんだ。こんな時くらい彼女の願いを叶えてやるのが男ってもんだろう?」

 そう微笑む上司の姿に、風見は目頭を熱くさせたことを思い出した。手の中のスマホの画面には、今し方ついた回答がその質問の真下に続いている。
 “それは間違いなく結婚詐欺です!金銭を要求されたりしていませんか?”等と書かれている回答に、降谷さんの彼女と見られる女性の返事が続いている。

“お金を要求されたことは一度もありません。先程上の質問にも書いた通り、デートの時もお金は彼が支払ってくれています”

 それはそうだろう、と風見は片手で顔を覆う。あの日本男児の見本のような古いタイプの上司が女性にお金を出させるどころか、金銭を要求するわけがなかった。それでも回答者は引き下がることもなく、“結婚してから高額の保険を掛けられるケースもあります。最寄りの警察署へ一度相談に行くことをオススメします”と述べていた。

「……大体、欺罔行為があったわけでもないのに警察へ行ってどうするつもりなんだ」

 職業柄、思わず突っ込んでしまうのは仕方がないことだった。風見はボソッとそう呟いた後、はあと溜め息を吐いてスマホの画面へと指を滑らせた。

 それは本当に結婚詐欺なのでしょうか?
確かに、今まで自分が呼んでいた名前と違う名前の免許証が出てきてしまったら不安にもなりますよね。お気持ちお察しします。
 ただ、あなたの彼氏は探偵という特殊な職業についているとあったので、仕事の都合で偽名を使っていたということはありませんか?中にはそういう探偵もいると本で読んだことがあります。
 それと婚約指輪の件も、結婚詐欺を企てている人間がそんなに高額なモノをわざわざ購入するとは思えません。あなたが仰った通り、あなたを喜ばせようとその指輪を選んだのではないでしょうか。自分の知り合いには、結婚式を挙げないかわりに婚約指輪や結婚指輪にその分の費用をプラスした人もいます。
 もう一度よく考えてみては如何でしょうか。警察へ相談に行くのはそれからでも遅くはないと思います。

 ◇◇◇

「……kaza3さんってこれ、風見さんじゃないの?」
「僕も今、同じことを思っていたところだよ」
「安室さん、暢気に笑ってる場合じゃないでしょ……名前さんのところに行ってあげたら?」

 丁度買い出しから戻ってきた梓さんに、急用が出来たと告げると「……もう、あと数日しか無いんですから次からはちゃんとしてくださいね!」と少し叱られてしまった。
 コナン君……君が言い出した癖にこういう時は僕の味方してくれないよな、と素知らぬ振りをする名探偵相手に苦笑すら湧き上がってくる。何も顔まで背けることないじゃないか。
 確かにコナン君の言った通り、免許証もスーツも勿論態とだった。少しずつ彼女の周りにヒントを置いて、様子を見て僕から話そうと思っていたのにまさかそれが裏目に出るとは思わなかった。
 感の良い彼女のことだから、説明すればきっとすぐに理解してくれるだろうと、いつまでもその“説明”を引き伸ばしていたのがいけなかったのだろう。今更、何と言えばいいのか、何から説明すればいいのかわからなかった。だからって、こんなことで今更彼女を手放したくないというのも本音だった。
 チッ、こういう時に限って渋滞か、抜け道は……。久々のドリフト走行もつい熱が入ってしまう。連絡もせずにいきなり僕が現れたら、彼女は驚くだろうか?ハンドルを握る手にいつもより力が入る。あと少しで、彼女の家が見える──。

「あ、安室さん!?」
「……何処に行こうとしているんですか。まさか、警察署じゃないですよね?」
「え、警察?……何で」
「まあ、話は中で聞きましょう……」
「え、え?何?コンビニ行きたいだけなんだけど……!ちょ、ちょっと安室さん!」

 靴を履いて今にも外に出ようとしていた名前さんを掴まえて、その身体を玄関の中へともう一度押し込む僕に、名前さんは頭に沢山はてなマークを浮かべながらも僕の言う通りに靴を脱いで室内へと戻っていく。つい、犯人を連行する時のような台詞を吐いてしまったなと僕は心の中で少し笑った。

「もう、なんなの……」
「……これ、名前さんですよね?」

 僕は、彼女の目の前に例の質問が表示されたスマホを置いた。「え?何?」とスマホを覗く身体が見る見るうちに固まっていく。本当にわかりやすい人だ。でも、その正直さが彼女の良さでもある。本当に可愛い人だ。

「……見たんだ、これ」
「ええ……何か僕に聞きたいことは?」
「…………狡くない?それ」

 小さな声で不満を漏らす名前さんの言葉に尤もだと思った。

「確かに説明しなければいけないのは、僕の方でしたね……もし、警察に行くつもりなら僕の話を聞いてからにしてください」
「……さっきから警察に拘るね。あの質問のことなら、警察には行くつもりないから安心してよ」
「ほら、そうやってすぐに人を信用する……僕が結婚詐欺師だったらどうするんですか?」

 彼女の質問を皮肉るようにそう問い掛ける僕に、名前さんは少しむすっとした表情を見せた。

「ごめん……流石に揶揄い過ぎましたね。まずは、君のいくつかの疑問に僕なりの答えを述べてもいいかい?」
「……どうぞ」
「有難う。それじゃ、本題に入るけど……免許証の件。君が見たのはこれだね?」

 僕は財布から免許証を取り出し、彼女によく見えるようにそれをテーブルの上に置いた。机を挟んで向かい側に座る名前さんが、免許証に写っている僕の写真をじっと見つめている。

「“降谷零”……この免許証に書いてある通り、僕の本当の名前はこれだ」
「本当の名前……」
「そう。僕の本当の職業は警察官だ」

 免許証の隣に、警察手帳を置いた。ちらりとそれを見て、名前さんは顔を上げぱちぱちと瞬きを繰り返す。想像もしていなかった事実に驚いているという顔だ。素直で可愛い。

「警察……」
「ああ。所属は明かせないけれど理由があって安室透と名乗り、あの喫茶店で働いている時に君と出逢った。正直、本当は恋なんてしている場合じゃなかったよ……それでも君を好きになってしまった」
「…………」

「名前も職業も偽っていたけれど、君と過ごした時間や気持ちに嘘も偽りも無いとだけは言わせてほしい」
「…………そんなの、」
「……信じられない?」

 何で僕と彼女の間には机があるんだ。大きな瞳にどんどん溜まっていく彼女の涙は、今にも溢れそうだった。我慢出来ずに僕は彼女の隣へと移動する。小さなその手を握り、ぽろりと落ちた涙を左手で拭った。

「……そんなにいっぺんに言われたらわかんないよっ、……私にとってみたら安室さんは安室さんでしかないし、警察とか……よくわからない!」
「……そうだね」

 ぼろぼろと本格的に涙を流し始める名前さんを抱き締めると、僕にしがみつくように名前さんの両手が僕の背中へと回される。僕の胸板に顔を寄せて鼻を啜っている名前さんの髪を優しく撫でた。

「……何でプロポーズより先にそれを話してくれなかったの?」
「っ、ずっと追っていた事件がやっと片付いて僕も気が動転していた……というのは言い訳に過ぎないね。どうしても君を手に入れたかった、だから君の薬指を先約しておこうだなんて浅はかな考えだった。君を不安にさせてしまったことを謝るよ」

 ごめんと名前さんの瞳を見つめ、未だ涙の流れ続ける目尻にキスを落とすと更にぼろぼろと涙が溢れ出した。

「っ、……そんなに、私とっ、け、こん……したかったの?」
「そりゃもう、君以外に考えられないくらいにね」
「うっ、……んでそういうことっ、言うかなっ……!」
「それと……」
「なに、っ、まだ何かあるのっ……」

 わっと更に泣き出してしまいそうな名前さんに苦笑を浮かべ、優しくその頭を撫でる。全く、そんなに泣いたら目玉が溶けてしまいそうだ。
 こんなに泣きじゃくる名前さんもめずらしい。四年付き合っていても、ここまで泣いている姿を見るのは初めてだった。いや、僕の知らないところでは泣いていたかもしれないが。

「婚約指輪……心配していたでしょう?まあ、こう見えて公務員なので僕もそれなりに給料を貰っているし、貯金だってある。歳を重ねてもつけられるように少し大きめのダイヤにしたんだ。それに君、あのブランドの指輪が欲しいって前に言っていましたよね?……だから、僕も頑張ったんです」
「っ、冗談だったのに……!それにっ、指輪は……二人で選び、ったかっ、た……!」
「……ごめん」
「でも、素敵だからっ、……ゆる、す」
「ふふ」

 少し涙の勢いが落ち着いてきた名前さんの頬を僕の指で拭い、優しく触れるだけの口付けを交わす。涙の味がして塩っぱかった。

「指輪、今どこにあります?」
「……そこの引き出しの中」

 彼女が指し示した引き出しの中から指輪を取り出す。どうしても今、彼女の指にそれを嵌めたくなった。仰々しく彼女の目の前に跪く僕を見下ろし、漸く涙の止まった彼女が笑う。

「……名前さん、僕と結婚してくれますか?」
「ふふ、何いきなり」
「きちんと君にプロポーズをし直そうと思ってね……ほら、返事は?」

 彼女の柔らかい両手が僕の頬を包む。二度目のキスは幸せの味がした気がした──。

「指輪、嵌めてもいいかい?」
「うん」

 左手を差し出す名前さんの手を取ってその薬指へとゆっくりと指輪を嵌めていく。良かった、サイズも合っているようだ。

「ふふ、ぴったり。綺麗……私の薬指のサイズ、よく知ってたね?」
「まあ、君のことなら僕はなんだって知っていますからね」
「えー?」

 全くの嘘だ。寝ている間にリングゲージで測ったのだ。薄暗い部屋の中で謎のリングを彼女の薬指に通す僕を見て、ハロが不思議そうな顔をしていたのは僕とハロの二人だけの秘密だが。

「……そういえば結婚式、挙げれないの?」
「残念だけど、僕の仕事上そうなりますね……もし、どうしてもドレスが着たいと言うのなら君のドレス姿だけ写真に撮ってもいいですよ」
「…………指輪に式の費用、上乗せしてくれたんでしょ?我慢するよ」

 きらきらと光る指輪を眺め、名前さんがそう呟いた。さっきまであんなに泣いていたのが嘘のように、頬まで緩んでいる。

「ドレスレンタルするのだって、結構お金掛かるんだから!それに、結婚指輪は一緒に選びたい。駄目?」
「……駄目じゃないです。それと、やっぱりドレス着ませんか?」
「えー?でも、」
「僕が君のドレス姿を見たいんです……そんな理由じゃ駄目ですか?」
「……もう、そんなこと言われたら断れないじゃない!」

 せめて名前さんのドレス姿だけは写真に収めておきたかった。結果は、僕の粘り勝ち。
 余談だが、その写真は今、僕のスマホの待受に設定されている。ことある毎に、スマホのロック画面を見つめている僕に風見の呆れた視線が飛んでくるが知ったことか。新婚なんだ、これくらい許して欲しい。
 そして、勿論彼女が選んだベストアンサーはkaza3さんの回答だった。風見には今度何か美味いチョコレートでも贈ってやるとするか。